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とろろ汁の丁子屋・柴山広行(14代目丁子屋平吉)経歴wiki!学歴や和太鼓のプロ時代まで徹底調査!

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歌川広重の浮世絵にも描かれた400年以上の歴史を誇る老舗、とろろ汁で有名な静岡県にある丁子屋。

その看板を背負う14代目店主・柴山広行(14代目丁子屋平吉)さんについて、こちらの記事ではまとめさせていただきます。

実は柴山広行さん、14代目に就任する前は「プロの和太鼓奏者」として海外を飛び回っていたという経歴をお持ちなんです!

一体なぜ和太鼓のプロから伝統の味を守る店主になったのか?

今回は、気になる柴山広行さんの学歴やプロフィール、プロ和太鼓時代の驚きのエピソードから、お店をV字回復させた感動の経歴まで、wiki風に徹底調査してまとめました!

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目次

とろろ汁の丁子屋・柴山広行(14代目丁子屋平吉)経歴wiki!

  • 本名: 柴山 広行(しばやま ひろゆき)
  • 襲名: 14代目 丁子屋平吉(ちょうじや へいきち)
  • 生年月日: 1978年(昭和53年)9月12日
  • 出身地: 静岡県静岡市駿河区
  • 現在の役職: 有限会社丁子屋 代表取締役社長、NPO歴史の道東海道宿駅会議 理事、丸子まちづくり協議会商工部会 部会長など

丁子屋の跡取り息子として誕生した柴山広行さん

400年以上続く老舗の長男として、順風満帆な人生かと思いきや、大学卒業後はプロの和太鼓奏者として世界的に活躍するなど異色な経歴の持ち主なのです。

そして経営危機にあった丁子屋を回復させるなど、経営者としてもやり手であることも間違いないでしょう。

知れば知るほど興味深い柴山広行さんについて、深堀していきたいと思います!

和太鼓のプロ時代

柴山広行さんは、幼少期から和太鼓に親しんでおり、2001年の大学卒業をきっかけに大阪に拠点があるプロ和太鼓チーム

「打打打団(だだだだん、現・打打打団 天鼓)」

のオーディションを受け、見事入団を果たします。

「打打打団」での活動は本格的なもので、柴山さんは約5年間にわたりプロの和太鼓奏者として第一線で活躍しました。

国内のステージだけに留まらず、なんと中東をはじめとする海外公演にも数多く参加し、世界中の観客を前に、日本の伝統芸能である和太鼓の音色を響かせるという、非常に華やかで刺激的な20代前半を過ごしています。

結婚を機に 14代目として丁子屋へ入社

2004年、柴山広行さんがまだプロの和太鼓奏者として活躍しているときに、現在の奥様である薬師寺知子さんと出会い、交際がスタートします。

なんと奥様・薬師寺知子さんは、柴山広行さんが400年続く老舗「丁子屋」の跡取りであることは最初知らなかったそうです!

約2年間の交際を経て、2006年に柴山広行さんと薬師寺知子さんは結婚。

この結婚を機に、柴山広行さんは自分の人生と向き合い、「どうせいつか継ぐなら、今すぐ戻ろう」と決意。

結婚と同時に和太鼓のプロを引退し、夫婦で静岡へ移住して丁子屋に入社しました。

丁子屋が食中毒で大ピンチ状態!

夫婦二人三脚での新しい生活がスタートした2006年でしたが、実は丁子屋は、前年2005年に発生した食中毒事故の影響で客足がピーク時の半分にまで激減しているという「経営破綻寸前のどん底状態」でした。

大阪にいる息子へ余計な心配をかけまいと、両親はあえてそのピンチを伝えていなかったため、柴山広行さんと薬師寺知子さんはその経営悪化状態であることを知らなかったそうです…!

そこから約10年間、努力むなしく、なかなか経営状態は回復しない状況が続きます。

丁子屋の復活への道

転機が訪れたのは、帰郷から11年が経った2017年のこと。

柴山広行さんは13代目の両親、そして妻の薬師寺知子さんの4人で、半年間にも及ぶ徹底的な話し合い(家族会議)を行いました。

そこで出た結論は、意外にも「目先の売上(数字)を追うのをやめる」ということ。

焦って数字ばかりを見ていた自分に気づき、丁子屋が400年以上続いてきた原点に立ち返って生まれたのが、現在の経営の軸となる独自の企業理念でした。

「みんなが安心できる場所であるために、丁子屋が丁子屋としてあり続ける」

観光客だけを増やすのではなく、働くスタッフ、地元の農家、そして地域の人々全員が「安心できる場所」を作ることこそが老舗の使命だと確信したのです。

その企業理念をもとに、2018年ころから

  • 自然薯(じねんじょ)農家との「全量適正価格での買い取り約束」の強化
  • 「茅葺き(かやぶき)屋根」のクラウドファンディングに挑戦

などの試みを開始。

『自然薯農家さんがいなくなったら丁子屋も終わり』という覚悟のもと、誇りを持って続けられる適正価格で全量買い取る信頼関係への再構築や、クラウドファンディングで歌川広重の浮世絵の風景そのものである、約40年ぶりの茅葺き屋根の総葺き替えなど、次々と地元や顧客との繋がりを大事にする取り組みを行ったんですね。

本来なら茅葺き屋根は、20年に1度は葺き替え(修繕)が必要ですが、現代は「茅葺き職人」が激減しており、莫大な費用がかかるため簡単には手を付けられずにいたそうです。

そこには、修理のためにお金を集めるというだけではなく、

「歌川広重の浮世絵にも描かれたこの歴史的な風景を、現代のファンや地域のみんなと一緒に未来へ残したい」

という柴山広行さんの熱い想いがあったんですね。

そんな熱い想いが詰まったクラウドファンディングでは、目標額の1,000万円に対し、全国の約500人の支援者から1,122万円もの大金が集まりました。

2020年10月12日「14代 丁子屋平吉」を襲名

伝統を守りながら、新しい挑戦をし続ける柴山広行さんが認められ、2020年10月12日に代表取締役として14代目に就任します。

この10月12日は、なんと歌川広重の命日なんです。

というのも、歌川広重が『東海道五拾三次・丸子』に丁子屋を描いてくれたからこそ、今の丁子屋があるという想いがあり、この日付を選んだそう。

そして、社長就任と同時に、柴山さんは「14代 丁子屋平吉」を襲名しました。

この「平吉」とは、1596年に丁子屋を創業した「初代」の名前であり、代々の店主が受け継いできた伝統ある名跡(みょうせき)です。

しかし、時代の流れとともに本名で社長を務める時代が続き、この名前での襲名は約100年もの間、途絶えていました。

420年もの歴史のなかでは、時代の変化やコロナ禍のような大打撃など、数々の危機がありました。

そんな時こそ、「創業の精神(初代・平吉の想い)に立ち返り、お客様や地域のために暖簾(のれん)を守り抜く」という強いブレない軸が必要だと、考えたといいます。

単に会社を引き継ぐ「跡取り息子」ではなく、歴史そのものを背負う「丁子屋平吉」として生きる。

柴山広行さんの丁子屋に対する想いや覚悟が伝わってきますね…!

とろろ汁の丁子屋・柴山広行(14代目丁子屋平吉)の学歴

柴山広行さんの気になる学歴についてもチェックしていきたいと思います!

高校は常葉学園橘高等学校

出身校は地元・静岡市の私立である常葉大学附属橘高等学校になります

偏差値は、コースによって差がありますが、下記の通りです。

  • 英数科(偏差値:56)
  • 普通科 総合進学コース(偏差値:44)
  • 普通科 総合芸術コース(偏差値:44)

柴山広行さんの通っていたコースは、現在調査中なので分かり次第追記していきたいと思います!

大学は桃山学院大学 経営学部

高校卒業後に静岡を離れ、大阪の桃山学院大学経営学部へと進学しました。

桃山学院大学経営学部の偏差値は、47前後となっているようです。

そして、学内に和太鼓を叩ける環境がなかったため、なんと柴山広行さん自ら新しい和太鼓サークルを立ち上げるという圧倒的な行動力を発揮。

ゼロから仲間を集めて組織を作り、情熱を持って行動する今の14代目に通ずるものを感じますね(^^)!

とろろ汁の丁子屋・柴山広行(14代目丁子屋平吉)経歴まとめ

以上、『とろろ汁の丁子屋・柴山広行(14代目丁子屋平吉)経歴wiki!学歴や和太鼓のプロ時代まで徹底調査!』と題して、柴山広行さんの経歴についてまとめさせていただきました。

柴山広行さんの過去を見ると、ただの跡取りではなく、新時代の風も取り入れつつ丁子屋復活への情熱を持っているのをヒシヒシと感じますね。

そんな14代目柴山広行さんの今後にも注目していきたいと思います!

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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